陰翳礼讃

陰翳礼讃 (中公文庫)

陰翳礼讃 (中公文庫)

谷崎潤一郎著のこの本はしばし建築を専門にしている者が読むことの多い本である。陰影礼讚の名の通り日本の奥深くに潜む影、闇の趣について語っている。エッセイ調で書かれているこの本であるので私の書評もできる限りそうしようと思う。
私はこの本を読む少し前に槙文彦他著である見えがくれする都市で日本の奥という概念に触れた。そしてこの陰影礼讚でまた違う角度から日本の奥というものに触れることとなったのは非常に良かった。
現在の電灯等の発展により日本建築は翳、本当の闇を失い、そして美を失った。障子を透かして差し込む仄かな光に日本人は美を覚えていた。そして闇を前提とした色使いというのも、何故極彩色を施した建物が現在では単純な豪華絢爛に見えてしまうのかを考えれば、納得のいくことに感じてしまう。
谷崎潤一郎の指摘していたところで、現在を生きている若者は本当の夜、闇を知らないでいる人が多いのではないかと思う。幸い私の住んでいるまちは純粋なる田舎まちであり、小さい頃は夜になると街灯の灯っていないところもまだあって酷く怖い思いをした。話の中にも出てきていたが、蛍というものを見たことがない友達が多いことは、非常に残念に思う。
そもそも何で暗い所に美を見出したかということは、西洋との根本的な思考の違いにあるということを谷崎潤一郎も述べている。簡潔に述べるならば私は文明と文化の違いであると思う。西洋は暗いことを不便の何者でもないと捉え、電球を発明し、一種の文明を築いた。対して日本は暗いことをじっと耐える事を選択し、ならばそこに美を見出すことによって、文化を築き上げた。現状に満足するにはどうしたらよいかと思考するのは日本人の特徴であり、もったいないという概念が他の西欧諸国に無いことにも関連付けられるのであろう。
恋愛及び色情で女性の扱い方の変遷も西洋と異なることが述べられていたのは面白く感じた。貴族の文化であると言われる平安時代には女性は尊い存在として扱われ、武士の時代に入ると卑下され始める。そしてまた西洋の文化が流入し始めると女性はレディファーストという言葉がすべてを表すかのように、尊重され始める。現在では割りにその両方が存在している気がするのだが・・・・・。男女間の関係を上手くするにはなるべく一緒にいないことというのは、メール文化の発達により少し希薄になったように感じる。
その他も、メディアによって情報操作される人、電車マナーの悪い人、何故か人生を生き急いでいる人(これは冗談)が多いというのも、30年以上前に書かれた本であるけど、現在でも十分通じる内容だった。何でも最後がトイレについてだというのは少し驚いた。今ではトイレの価値観はすっかり変わってしまい、日本の便器は世界一だと言われている。これも綺麗好きといわれる日本人の性なのだろうか。今、谷崎潤一郎の言う理想的な便器を再現したらどうなることだろうか。私はこの谷崎潤一郎のありったけの愚痴を聞き入れ、日本的なる伝統を再考していきたいと思う。